威風堂々 だけどもアノネ?
 


真冬のいかにも冴えた夜陰とは微妙に違い、
夏の宵にはどこかがさがさとした落ち着きのなさを感じる。
気温や湿度の差異のみならず、
孕む生気や何やの質もまたどこか異なるからだろう。
長期休暇中ということもあってか、
昼の間はあまりの暑さにじっとしているしかなかったお若い顔ぶれが、
持て余した熱を発散させんと 陽の落ちた街へごそごそ這い出して来もするが、

 ヨコハマの宵だけは決して甘く見ちゃあいけない

昼間でも物騒と言われる裏町のみならず、街全体を影が蔽う更夜のヨコハマは、
此処で生まれ育った住民でも 無防備に出歩いてはいけない処と身に染みて知っている。
大人たちにはほんのすぐ直近、若者たちにもさして遠くはない過去に、
裏組織と呼ばれる反社会勢力同士が
衆目へもこだわらずという貪欲さ、何なら一般人も多数巻き添えにし、
新旧入り混じるという半端ない規模で、文字通り血で血を洗う抗争を繰り広げた土地だから。
灯火が少ない寂れようのせいで
陽が落ちるとそこだけ黒々と沼のように闇に飲まれる“租界”という跡地もそうだが、
どれほど煌々とネオンが灯っていても、金に飽かせた華やかな宴が催されていようと、
すぐ真裏では漆黒に耳目を塞がれた存在がやすやすと連れ込まれよう残酷な罠も数多潜んでおり。
金があろうがなかろうが、地位があろうがなかろうが、
気を許したが最後、どうとでも弄ばれよう危険な街、それが夜のヨコハマだ。
そんな闇夜を制する勢力が数多ある中、今や“顔”でもあるほどの存在が “ポートマフィア”で、
公安からの隠れ蓑であり、金庫替わりでもあるフロント企業を多数抱え、
公には身を隠す格好でいるものの、
夜のヨコハマを支配する雄たる歴史と蓄積は半端なく。
殊に当代の首領は合理主義を尊ぶお人で、
先代の首魁が晩年 妄執の人と化したのを引き継ぎ、
そのすぐ後年に勃発した“龍頭抗争”では他の勢力を抑えて台頭、
ハマにポートマフィアという存在有りと広く知らしめた。
構成員には、裏社会ではもはや都市伝説などではない“異能力者”を多数抱えており、

 周囲に垂れ込める夜更けの漆黒に身を隠し、
 あるいはそれさえ圧倒する重厚さを放つ “黒”

そんな物騒なカラーを意味合い含めて見事に体現する存在が、
幹部と準幹部に二人ほどいて。
一人はマフィアの禍狗と自称している鏖殺の黒獣使い、
その姿を夜陰の中へと溶かし込み、
ビロウドのような漆黒の帳を音もなく貫いて翔って来る黒獣の牙で、
文字通りの瞬く間に屍の山を築き上げてしまえる非情な男であり。
もう一人は、きっぱりとした英断と行動力とでどんな残虐な制裁も予断なく行使し、
その姿さえ生者には記憶させず、重々しい存在感のみで知られているというから、
こちらもある意味、悪夢のような存在。
直接向かい合って対峙する以上、しかも鏖殺対象である以上、
交渉決裂後は命がないのだ、どんな輩か語る術もないのは当然だが、
それでもその前後にそういえばと語られた話に必ず出て来る
黒帽子と長外套だけが目印として有名な人物だという。



     ◇◇


繁華街が多くて観光地としての知名度も高く、
何故かしら雪と同じほど見ると胸が騒ぐ海のそば、潮騒と潮風の街ヨコハマに、
不思議とマッチした人だと敦は思う。
落ち着いた装いが多いところがレンガ造りの街並みに合うとか、
綺麗な宝珠みたいな空色の双眸が異国情緒あふるる空気に合うとかいう、
そういう物理的な話じゃあなくて。

 “…何ぁんか目を引く人なんだものなぁ。”

肩書を想えば、むしろ目立たぬ方がいいのだからと、我から進んで派手なことはしない人だが、
それでも人目を引いてしまうのはそれだけ秀でた風貌をしているからで。
ややつり上がった双眸に出来のいい青い玻璃玉のような瞳を据え、
鼻梁は真っ直ぐ通っての その両側に骨ばらない頬を添え、
しっとり柔軟な口許は表情豊かで、笑っても喋っても人の目を引き寄せてやまぬ。
そんな風に際立った目鼻立ちは、
タレントかモデルかと誤解されよう、印象的な生気や知性を孕んでの魅力的で、
イマドキでは特に珍しくもない赤毛を 大胆なシャギーにてやや野性的にし、
広告マンかアパルト系かと思わせるような、
カジュアルな、それでいて基本どんな場にも違和感のないトラディショナルないでたちを好むので、
昼間の街なかに居ても、自営か若しくは外回りの営業の人か何かだろうと、
特に違和感はなく把握されているようで。

 “…でもなぁ。”

どれほど素っ気なく居ても 残念ながら目立つ外見のせいで
人待ち顔でカフェに居ようと信号待ちの群れの中に立っていようと、
そうあれとわざわざ意匠を凝らしたポスターみたいに人目は引く。
そしてそんな彼を “あら”と視野に収めたお嬢さん方、
最初は大概、ちょっと小柄なところへ失敬にも くすすと吹いたりするのだが、
ただの瞬きや 腕を上げて時間を確かめただけというちょっとした所作だけで、
…え?と意表をつかれ、そのまま釘付けとなってしまうのもお約束。
別段、気障に気取っちゃあいない、軽く手を上げてウェイターを呼び止めただけ。
なのに、伸びやかでよく通る声とか、
この時期なのに手套をした手の 繊細で機能美を備えた仕草とか、
やや伏し目がちにしていた目許がぱちりと瞬き、目線が上がった瞬間の艶のある加減とかが、
得も言われぬ魅力を孕んでいて、胸元を鷲掴みにされてしまう、そんな罪な人だから。

「もう虫の声が聞こえるか、気がつかなかったなぁ。」

昨夜 寮の窓の外に聞こえたんですよと含羞みもって話した敦へ、
そんなささやかで些末なことへまで、

 そうかそういやもう9月だものな
 よく気がついたな、
 俺なんざ まだまだ暑いからとうっかりしていて気づかなんだぞ、と

それは屈託なく笑ってくれる。
子供じゃあるまいに詰まんないことをと流すどころか、
自分の愛しい子がこんな感性豊かで嬉しいと言わんばかり、
綺麗な目許を細め、表情豊かな口許綻ばせて、極上のご褒美のような笑みをくれる人。
珍しくも一日まるッと非番だそうで、
今日の中也はマフィアとしての正装でもあろう黒スーツに外套といういでたちではない。
まだまだ残暑の続く中、麻の中衣に絶妙な色合いのシャツを合わせてのトラウザーパンツという、
カジュアルだがそれでも学生ぽく着崩してはないまとめようが
凛としていて涼やかに映える。
均整の取れた締まった体躯には、岩のような重々しさや武骨さはなく、
ただただトレーニングだけ積んで練り上げたそれではない証拠。
多少は鍛錬も積んじゃあいようが、
読み違えれば大怪我するだろう真剣勝負の修羅場に身を置く人ならではの
聡明にして冴えた意識が雰囲気の中に染みており、その存在感に深みを与える。

 “ふわぁあ。/////////”

4歳違い、まだ22歳だからどうかすれば大学生という年頃なのにね。
小粋で大人で、懐の尋が深くって、
色んな事を知っていて、それでいて鼻にかけるではなく。
ヘタレな敦を目一杯甘やかしてくれる
頼もしくって惚れ惚れしてしまう、精悍な兄人様

 ……なのだけれど。




     ◇◇


 「……そんな風に言うかと思や、
  真逆の言いようをしやがることもあるけどな。/////////」

紙巻きたばこのパッケージ、
上部をトントンと軽くノックして…という手慣れた所作で
押し出されて来た一本を摘まんで引き抜き、
伏し目がちになったまま口許にフィルターを軽く咥えて、
愛用のライターで火をつけるまでの一連の流れが
そりゃあもうもう絵になるほど洗練されている伊達男。
ソフトな明かりが渋い調度を仄かに照らし出すシックな空間は、
会話の邪魔にならぬジャズが静かに流れており、
飴色のつやが出たカウンターには、
大きめの球形にカットされた氷を浮かべたタンブラーグラスが二つ。
小粋な、あるいは様々な錯綜を懐に黙って呑んでいるよな大人が
言葉少なに酒を嗜むような、いかにも重厚な空間ではあるが、

 「今朝がたなんて、うっかり間違えて敦のシャツを羽織っちまってたら、
  袖がちいとばかり余っててよ。」

身長差がまたちょっと開いたかなとは気づいてたけど、
長袖のアイテムは、胸板の厚みの差があるから そこで相殺されての結果、
これまで支障なく取り替えっことか出来ていたのだが。
今朝のケースは微妙にそうはいかなんだようで、
いわゆる“萌え袖”状態になってしまってたものだから。

 「気づかれないうちにと急いで腕まくりしかかったが時すでに遅くてな。」
 「何か想像しやすい運びだね、その展開。」

後から起き出して来た彼の少年が、
リビングだかサニタリーエリアだかで立ち尽くしていた兄人のそんな様子を目撃したらどうなるか、

 『あ〜もう、何でそうも…、もうもうもう。//////』

ポカンとしたあと、白銀の髪を掻き毟り、
何かよく判らない煩悶というか身もだえっぽく困った様子になったそのまま、
大股にわしわしと歩み寄って来て有無をも言わさずむぎゅうッと抱き着いてきた

 「…ってところじゃあないのかい?」
 「大当たりだよ、手前この野郎

ちっと舌打ちし、オンザロックをぐいとあおった重力使い様だったが、
手の中に持ち上げたままのグラスを見やると、
やや尖っていた表情から棘がとれ、険悪さもするりと収まってしまう。
気が短いわけじゃあないが、マフィアというのは恩讐に生きる存在。
面子が大事だし、舐められるのは自分のみならず配下や上への侮蔑を容認することにも通じるので、
あくまでもその辺りへの反応として自負高くしているわけで。

 まあ、誰ぞの目があったわけじゃなし。
 敦も何でもかんでも誰彼構わず口外するよな不心得でなし
 …とか何とかいう納得もすぐに降りてきたその上で、

ああまたデカくなりやがってこのヤロがと、
その懐ろのうちへのくるみ込まれように実感したが、
それが何でだか悪い気はしなかった。
そんな自分をこそ “あれ?”と意外に思った中也で。

 「腹が立たなかったのは、惚れた相手だからかな。」

妙にしみじみと口にするものだから、
愚痴や照れ隠しの憎まれだったならせいぜい煽ってやろうと思っていた太宰も
ちょっと毒気を抜かれたようで。
おやまあと目を見張り、そのままゆるりと破顔して、

「…まあ敦くんだしね。
 きっと女子高生の “かぁわいぃい〜”ってノリに聞こえて
 キミも腹が立たなかったんじゃないの?」

からからとグラスの中で躍る氷塊に
楽し気に細めた双眸を向けたまま
やや低めた甘い声音で応じてやれば、

「成程、そうかも知れねぇが、
 手前に言われるとむかっ腹が立つのはどうしてだろうな

「こっちこそ、
 小さいものなら何でも可愛いなんて女子高生みたいな感性が悪いとは言わないが、
 他でもないキミが対象なのは考えものだ。
 趣味が悪いにもほどがあるって よ〜く言い諭しておくよ。」

口許をわざとらしくも真横にひいての “い〜だ”と言わんばかりな憎まれ顔になる、
そんな大人気のない悪態がお揃いなの、

 “気がついていなさらぬのかなぁ。”

気の合うことでと内心で苦笑した、
寡黙なマスターだったりする、初秋の隠れ家バーでの一コマ。
そんな街を見下ろす宵の空には、
秋とは名ばかりな温気のこもった潮風に吹かれ、
藍色の沖合に真珠色の月が顔を覗かせて御座ったそうな。






     〜 Fine 〜    19.09.08.


 *これはこれでシリーズにしちゃおうかと思わんでもない
  「それもまた相変わらずな」系の与太話ですが、
  今回のはどっちかというと “拗ねちゃった子虎”の続編…というか おまけみたいな?
  カッコいい中也さんに骨抜きになりつつ、
  一方で、彼シャツが萌え袖になっちゃったとこを目撃し、
  何でそんな可愛いこともするんですかぁ/////と、
  なかなかお忙しい敦くんです。(笑)
  でもって、何処のJKかと黒獣の覇王様に言われたら、

 「太宰さんだって可愛いじゃないか。」
 「あ"?」
 「芥川くんの寝顔、ほら可愛いだろうって、時々スマホ見せてくれるし。」
 「〜〜〜〜〜っ。////////////」

  こういうカウンターも持ち合わす無敵の天然だったり致します。(大笑)